昭和41年04月12日 夜の御理解



 今日、午後からでしたが、どこの誰とも名のらず、お参りをしてきたお道の教師の先生方が二人ございました。どこの教会ですか、なんていう先生ですかともお伺いもしませんでしたけれど、まぁいろいろ信心の話をさせて頂いていくうちに、本当にやはりお互いに共鳴し、またお互いにあの分からせて頂くものを、感じあった訳でございますけれども、その中に先生のお話の中に、四国に大変ごヒレイを頂かれた先生がおられまして、それがちょっとこう、お道の信心には、まぁ言うならおかしいと。
 いうならばお稲荷さん的なその信心で、それでも人がどんどん参っていくものですから、その近所の教会の先生方が、あるとき御本部にお参りさせて頂いてですね、金光様にそのことをお届けした。人がどんどん助かりますし、同時にその先生というのが、非常にその女癖が悪い。それであれを金光様というて拝み、あれが金光様の先生と言われるようでは、本当にあの金光様の御信心のいうなら、顔汚しという。なんとかその、あれを沈めた、あのうなんか、改めさせることを金光様にお願いしたわけなんです。
 そしたら、金光様が大変、気色を変えられましてから仰られたそうですね。お道の信心の御ひれいでございますと仰ったそうです。ですから、金光様が感じておられるところを天地の親神様が、ね、お道で言うこの神様というのは、そんなに狭い神様じゃない。今日はそのことについてから、この頃甘木の平田さんが、善導寺でお話になりました、甘木の親先生は、金光様の教祖の神様のご信心の、まぁ教祖の神様のご信心が十なら、そのうちの七つが八つぐらいは頂いて下さったというて。
 もうまぁいうなら、大言壮語してお話になっておられるのを聞いて、私は実にあの、あの不愉快というのは、相すまんことだなと思ったんです。ね、例えばなら、甘木の先生のそれはもう偉大な先生です。それはもう偉い先生です。本当に、当時やはり日本一の先生だったに違いないです。けれども、教祖の神様のご信心がです、甘木の先生の信心にもう二つか、三つか足したら、教祖の神様がうまれなさるといった、そんな小さい教祖の神様じゃない。
 私はこのことについて、申しましたんですけれども、とても教祖の神様がね、千年、二千年の間に出られると言った様なお方ではないと。それは、偉大なんだけれど、甘木の先生は素晴らしいんだけれども、私共も尊敬もしておるし、先生のご信心も本当に頂きたいと思うのだけれども、それとても、教祖の神様のご信心のほんの一部しか受けてござれなかった先生だと。もう本当に、教祖の神様を何と思うたらよいだろうかと、感じたんですけれども、私実はそうね、そうね、どうも甘木関係の先生らしいんです。
 その先生帰るまで、名前を名乗らんで帰られたんですけれども、まぁそう言う様な私の話、またその先生の話を聞かせて頂いてです、お互いが拝ませて頂いておる、いわいる信心、いわいる大きな信心には、行きづまりがないとおっしゃるが、その行きづまりのない、どのような場合でも、この大きな信心とは、そういう大きな、神様を拝ませて頂いておる、そいう大きな、神様が対象であるということを、私共は知っておかなければならないと思うですね。
   どうぞ。